事業資金が返済できませんでした

長年勤めていた会社を辞める前に、週末だけビジネスを行っていましたが、何とか軌道に乗りそうな感じがしたので、会社を辞めて週末のビジネス一本に絞ることにしました。事務所と在庫を必要としていたため、事業資金を借りて本格的に営業していましたが、外国から商品がなかなか入ってこない時や、ライバルが増えてしまったために思ったように収入がありませんでした。

 

結果的に事業資金を返済するのは難しくなり、真っ青な顔になりながら弁護士事務所に駆け込んだのを覚えています。
弁護士さんに事情を話すと、債務整理をする必要があるといわれたためそのままお願いをすることにしました。当時は債務整理の知識がほとんどなく、話しを聞いてもよくわからなかったため、弁護士さんにすべてのお願いする形になったのです。結果的に私は個人再生をすることで話しがまとまりました。

 

3年間の猶予をいただき、そのあいだ少しずつ返済をすることにしました。私は別の会社に派遣社員として働き出し返済をしていましたが、途中何度も泣きそうになりながら諦めようかと思ったこともあります。ですが、3年間で何とか返済し終えて、また1からやり直しをしようと決心しました。弁護士さんにはとても世話になりました。

事業資金の調達は競争原理が必要です

勤務先企業の財務担当者となり事業資金の調達にかかわるようになってからかれこれ5年となりました。銀行員であった経験を活かし、毎日の資金繰りをチェックしながらアクティブに活動しています。勤務先企業は製造業を営んでおりますが、取引先企業も一流所に恵まれ決算も増収増益基調にて推移し、増加運転資金も発生しており事業資金調達意欲旺盛な状態にあります。

 

実は勤務先は3〜4年前まではオーナー経営でした。事業資金の調達についてはオーナーの息のかかった銀行からオーナーの鶴の一声で調達してきていました。競争原理はそこにはなく、意外と高金利で調達しているという印象が強かったことを覚えています。

 

オーナー経営から脱し、オーナーの親族ではない現在の経営陣に事業承継をさせ、私が主担当となって事業資金を調達するようになりました。運転資金でも設備資金でも過去のしがらみは捨て去って競争入札の方式で資金を調達するように改めてみたのです。

 

マイナス金利と言う状況も後押ししてくれて従来よりもかなりの低金利で調達できるようになりました。オーナーが担当していた時よりも年間の支払金利が5百万円以上も引き下げることができたのです。この引き下げ金利部分が私の給料アップにつながっていないのが少し残念です。

事業資金を集めるのに苦労しました

私の父は会社をやっていましたが、すでに今は父もなくなりました。会社は父が亡くなる10年ほど前にたたみました。倒産ではありませんでしたが、時代に合わず赤字が続いたため辞めたようです。私は会社をやっていた父にあこがれ、自分もいずれ独立しようと思っていたのです。会社員勤めをしていましたが、やがて私は独立する方に気持ちが傾きます。

 

独立する時に大変だったのは事業資金です。父は、銀行からお金を借りていたのを思い出し、銀行に行ってみたものの、私には信用がないため事業資金を貸してくれることはないそうです。確かに父は何度も銀行との取引きをしていましたし、当時はまだ時代は良かったためとにかく貸してくれたのでしょう。

 

私は仕方なく銀行ではなく、金融公庫からお金を借りることに決めました。金融公庫で事業資金を借りる場合は、明確な事業計画書を必要とします。それと同時に、面接があるため様々な質問に対して答える準備をしておかねばなりません。高校受験のころの面接を思い出し、何だか懐かしい気持ちになったことを覚えています。結果的に300万円の事業資金を借りることができ、何とかスタートすることができました。まだ完全に黒字にはなっていませんが、今は少しずつ成長していく会社を父親に見せたら何て言うだろうと想像している時があります。

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